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2021.11.19

なでこじゃないよ「ナデシコ」の話

ということで今回は「ナデシコ」の話です。

「ナデシコ」とは――
ナデシコ科ナデシコ属のカワラナデシコの異名である。
またナデシコ属の植物の総称。蘧麦(きょばく)とも呼ばれる。


カワラナデシコは、そのままナデシコ、ヤマトナデシコの異名もあります。
また古くは常夏(トコナツ)とも呼ばれました。
これは、夏から秋に渡って花が咲くことにちなんでそう呼ばれていたそうです。
古くからナデシコの花は園芸品種として栽培され親しまれてきました。
漢字では撫子と書き、撫でし子と語意が通じることから、子供や女性にたとえられ、
和歌などに多く詠まれてきました。
江戸時代には園芸ブームが流行り、このナデシコもその波に乗りました。
平安時代に渡来してきた石竹(セキチク)というナデシコの品種と、
在来種のナデシコが自然に交雑して様々な変化が起こっていました。
それも相まって品種改良が進められ、「絵本野山草」という書籍にはナデシコの様々な品種が紹介されています。
ナデシコは品評会が開催された記録もあり、栽培法を記した手引書が発刊されるなど、盛んに育てられていたそうです。
ちなみに他にもキクやサクラソウ、ハナショウブやアサガオなども江戸時代では盛んに栽培されていたようです。
近代以降には2つのナデシコの流れが生まれました。「伊勢ナデシコ」と「常夏」です。

「伊勢ナデシコ」は花弁が長く延び、背丈は比較的高くて20センチ以上にもなります。
もともと伊勢では18世紀後半からナデシコ栽培が流行していました。
江戸でも「伊勢ナデシコ」は広く栽培されていたようです。

「常夏」は先述しているようにカワラナデシコのことです。
様々な品種改良や交雑によって色々なカタチがありますが、比較的背の短いものが多く、
花の形は一重咲きから八重咲きを含め色々あり、中には伊勢ナデシコと区別のつかないほど花弁が長いものもありました、
明治28年に一度大流行があり、42年に再度流行しました。
それ以降も専門書などが発行され一定の人気がありましたが、太平洋戦争時に壊滅的な打撃を受け、
現在ではほとんど当時の品種は残っていないそうです。

ちなみに西洋ではヨーロッパのフランス南部および東部に自生していたナデシコの品種が栽培され、それがカーネーションの元になったとされています。

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