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2021.08.28

手芸の「レース」の話

今回は「レース」(手芸)の話です。

「レース」とは――
手芸の一分野で1本または何本かの糸を用い、すかし模様の布状にしたものの総称である。
(Wikipediaより引用)


衣装やカーテンなどに使用されていることが一般的ですね。

レースの語源は、縄などで編まれた捕獲用の網(ラテン語でラク)や、
古代フランス語のラシが転じたもの、または英語で絞るを意味するレーシアから生まれたなど、
いくつかの説があるそうです。
最初は実用的な道具や、衣服をかがる技術から派生して、装飾的な意味合いを持つようになり、
今日のレースが生まれていったと言われています。

世界のレースの歴史は古いものですが、日本で最初にレースが作られたのは明治5年のことだそうです。
横浜に居留していた外国商によって初めてドロンワークの製造が伝えられました。
――ドロンワークというのは刺繍の一種で、布地に糸で縫い目を掛けたり、
縦糸や横糸を部分的に抜き取った残りの糸をかがったり、渡した糸を縫いかけるなどして、
布地に模様を描く技法の総称です。――
明治5年頃、日本はまだ和装の時代でした。
一部の上流階級の人間は洋装のレースをあしらったドレスなどで夜会を楽しみましたが、
一般の人々にはあまり馴染みがないころでした。
しかし、明治も後半になると、だんだんと洋風の小物が増えていき、
和服の襦袢や半襟にレースを使用したり、手編みのショールを羽織ったりと、
衣類にレースなどを取り入れる文化が浸透し始めたようでした。

明治13年には、東京に国立のレースの学校が設立され、英国人教師による
ホニトンレースの指導が始まりました。
――ホニトンレースとは、ボビンレースの一種である。
ボビンレースとは、織りの技法を用いたレースであり、糸を平織り、綾織り、重ね綾織りの3種類で
様々な模様を織り上げていく手法である。――
横浜に初めて手工レース工場が作られ、新潟ではバテンレースが冬の内職として製作されるようになり、
日本の手工レースは大正初期には全盛期を迎えますが、1923年の関東大震災によってほとんどの工場が壊滅的被害を受けてしまいます。
大正時代末期、日本にレース機が導入され、本格的に機械レース産業が発展していきました。
第2次大戦後、高度経済成長の流れを受けて、レース市場じゃ規模が一気に拡大、
輸出入のバランスが逆転して、エンブロイダリーレース機も国産化してしまいます。
――エンブロイダリーレースとは、生地に刺しゅうするレースのことです。――
やがて昭和30年代には、道を歩けば多くの女性が総レースのお洋服を着ているのが当たり前の光景になり、
レースは女性のファッションアイテムとして定着していきました。
(REI THE LACES CHAMBERより参照)

そんな歴史を持つレースですが、
こちら、俳句では夏の季語になっております。
レースは、木綿や麻、絹、化繊などの糸を編んだり撚り合わせて、透かし模様を作ります。
衣服の他に装飾品、カーテンなど一年中みられますが、主に夏向きとするので、夏の季語となったそうです。
たしかにレースは白が多く、また透明感、透かしがあることから、
涼やかな印象を受けますし、和服の紗や羅(夏用の目の粗い和服)も彷彿とさせます。

季語は日本語ばかりだと思う方も多いですが、このように横文字も季語になっていたりと、
意外とバリエーションが多く、時代ごとにアップデートされているんですね。

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